花街・祗園の静かな町家空間で
京の会席料理を手軽に愉しむ
お茶屋だった町家で堪能する目と舌に麗しい京料理
しっとりと打ち水された石畳の路地。細く長いその先にどんな出会いが待っているのだろうか、と胸躍らせて歩みを進める……。期待とほんの少しの緊張感。京都の路地にはそんな不思議な高揚感が満ちている。
歩いていたのは京都随一の花街と称される祇園。格子窓や犬矢来などが特徴の町家建築が美しい町並みを形成し、今や世界的にその名を知られるお馴染みのエリアだ。
メイン通りの花見小路を中心に、一日中、国内外の観光客で賑わう祇園だが、その通りを避けて一歩、路地裏に入ると、様相が少し変わってきていることが分かる。ゆっくりと流れていく時間や空気。
昼間に歩いていると、狭い路地を郵便配達や仕出し屋のバイクがすり抜けていったり、時折、お茶屋から普段着の舞妓さんが出てくる姿を見かけることも。ずっと営まれてきた祇園の日常風景を垣間見ることができ、心穏やかな気持ちに包まれるのだ。
昼食の予約をしておいた「京料理 花咲」は、そんな祇園の路地裏に静かに佇んでいる。かつてはお茶屋だったという趣ある建物をそのまま生かし、24年前に料亭として開業。路地奥に本館と別館の建物があり、“花咲”と書かれた白い暖簾が凛とした風情を醸し出している。
路地の入口にはメニューなどを掲げてあるものの、奥へと続く石畳は、一見、敷居が高そうにも見える。知らない人は、足を止めても奥に踏み入れることに躊躇するのか、そのまま通り過ぎて行く人も少なくない。しかし、その隠れ家的な雰囲気こそがこの店の魅力のひとつでもあるのだ。
しかも祇園という好立地にありながら、お昼ご飯は1700円のお弁当からというお手軽な価格でいただける。個室のお座敷を中心に、ゆっくりと寛げる空間で花咲自慢の本格京料理を味わえるという趣向である。

趣深い格子の玄関戸をカラカラと引いて玄関に入ると、女将の川島千智さんの「ようこそ、おこしやす」の京言葉と笑顔に出迎えられた。かすかに漂うお香と清楚に生けられた季節の花も清々しく、また、舞妓さん芸妓さんの名の入った団扇や千社札が掲げてあるのも花街・祇園の店らしさを実感させる。部屋に通される前からいやがうえにも期待が高まってくるのを感じる。

苔の緑が鮮やかな坪庭を見渡せる個室に落ち着いたところで、昼食の一番人気である3800円の「ミニ会席」を注文。お昼のメニューはほかにも2類類の弁当をはじめ、6000円〜1万800円までの本格的な会席料理コースが用意されている。
月ごとに変わる旬の素材を生かしたお昼の料理は、夜のコースと同様に卓越した料理人が腕を振るう逸品揃い。この日は、うすい豆の豆腐の先付、鱧やマグロなどを盛ったお造り、前菜と焼き物を組み合わせた焼き八寸、季節の天ぷらなどのほか、創業時からの定番料理のかぼちゃ饅頭や京浅漬けのにぎり寿司などが一品一品供された。
かぼちゃ饅頭は、裏ごししたカボチャを丸めて揚げ、出汁の利いたあんかけをかけたもの。舌も心も和ませてくれるふわりとやさしい味わいが印象的だ。また、漬物をネタに載せて握った京浅漬けのにぎり寿司もさっぱりと味わえ、〆のご飯物としては最適。しっかりとした風味の赤だしの味噌汁が、寿司との絶妙な相性で口中を愉しませてくれる。
お昼ご飯といえども季節の京野菜や厳選の素材に熟練の掌を加えた、まさに目と舌で味わう彩り豊かな料理の数々。ひとつひとつに施された繊細な演出も、やはり京料理ならではの美しさだろう。
花街ならではの雅な世界を料理で愉しむ特別な時間
箸を置いてご馳走様、とつぶやいた後、次はしっかりと夜のコースもいただいてみないと……という思いが湧いてくる。夜は3800円〜1万5500円まで予算に合わせて7種の会席コースがあり、7000円コースからの焼き物は自慢の炭火焼料理に。

「炭火焼料理は、お客様のお席にて季節のお魚や万願寺唐辛子などの京野菜を焼き上げてご提供いたします」と話す女将さん。ライブ感のある料理の演出はこの店の会席料理の醍醐味のひとつでもある。
「ウチのお店では、お昼ご飯時でも舞妓さん芸妓さんを呼んでの宴席も気軽に楽しめるんですよ。京舞を鑑賞したり、金比羅船々やとらとらなどのお座敷遊びに興じたり。敷居はけっして高くなくお値段も思いのほかお手頃です。花街でのいろはも、ご伝授いたしますよ」
せっかくの京都・祇園だからこそ、次回はそんな雅なひとときを旅の1ページに綴ってみるのも一興だろう。さて、その時は誰を誘って再訪することにしようか。