荒木経惟デビュー作写真集「センチメンタルな旅」
荒木経惟のデビュー作写真集「センチメンタルな旅」。この写真集を伝説たらしめるのは、偉大な写真家のデビュー作であることや、限定1000部の私家版ということばかりではない。


裏表紙には、荒木と妻の署名があり、この本が共著であることが分かる。この1冊の写真集の中には「出会いと別れ」、「生と死」、「始まりと終わり」が全て含まれいる。それは20年後の「センチメンタルな旅 冬の旅」の出版によって明らかになる。





「センチメンタルな旅 私家版」
荒木経惟、私家版
発売日:1971年1月
本のサイズ:240×240mm、106P
発行部数:限定1000部、付録ペーパーはカラーコピー
本の状態:シミ
オークション開始価格:400,000円 落札日:1月1日
荒木の数ある写真集の中で最も有名な「センチメンタルな旅 冬の旅」には、この写真集の一部が掲載されている。こちらの写真集は今でも入手可能で、恐らく今後も再版がかかり続けるであろう名作として評価は高い。
序盤を構成する「センチメンタルな旅」は私家版の抜粋、そして中心となる「冬の旅」では愛妻・陽子の病気発覚から死去による別れが写されている。
まるでこの時の別れを予期していたかのように「センチメンタルな旅」には「死」を連想する写真が随所に現れる。草原に置かれた石、新妻となった「陽子」が柳川の舟でうたた寝する姿は、墓石や死者を運ぶ三途の川のようだ。
偉大な写真家たちは皆、偶然にしては出来過ぎのドラマチックな写真を残しているが、1人の写真家が自分の人生を大きく揺るがすような出来事の予見を、写真家として歩み始めたその瞬間に写したのはこの作品が初めてだろう。こうした作品は、これから先も出てこないのではないだろうか。
荒木は「陽子が私を写真家にした」と言っていたが、「センチメンタルな旅 冬の旅」で、「彼女の遺影となったポートレートを生涯超えることはできないだろう」と写真家の終焉ともいえるような言葉を残している。
荒木経惟の始まりであり、終わりを予見した1冊、処女作にして過去類をみない最高傑作となった伝説の写真集がこの私家版「センチメンタルな旅」だろう。
荒木経惟(あらきよしのぶ)(1940年5月25日生まれ)は日本を代表する写真家であり、現代美術家でもある。愛称「アラーキー」で親しまれている。トレードマークは丸い縁の黒メガネ。荒木は都市と欲望を撮る事では、森山大道、中平卓馬と並ぶ三大カメラマンと評される。
2017年8月5日美術家、ファッションモデルの湯沢薫(KaoRi)が自らのフェイスブックに荒木から受けたセクハラ、パワハラを告発する。荒木の行動に対し、マスコミは荒木を擁護する姿勢を取ったと解釈した彼女はマスコミ批判も展開していく。
マスコミで二人の関係について論争が続き、写真雑誌「Photo GRAPHICA」編集長沖本尚志は、荒木男女二人の問題と評し、「荒木、KaoRiの問題は、荒木の作品の評価には影響を与えない」とコメントしている。また、写真家の横木安良夫は、KaoRiの批判と荒木の擁護をフェイスブックなどに展開した。
一般的には、芸術家の人格評価と作品の芸術性評価は別であるということが、現代の評論家の美術品評価基準になっているのは周知のことだ。
文/宮川総一郎
エッセイスト、漫画家、小説家。代表作:漫画『マネーウォーズ』(集英社ビジネスジャンプ)。小説:「七福神食堂」「東京謎解き下町巡り」(マイナビFan文庫)。総監修:「漫画から学ぶ生きる力」、他。